切通理作(きりどおし・りさく)
文筆者。略 歴
1964年東京生れ。
小中学生時代、シナリオ作家の猪俣勝人氏が著した『日本映画名作全史』(現代教養文庫)と、池田憲章氏らが作ったウルトラシリーズや『怪奇大作戦』のフィルムストーリーブック(朝日ソノラマ『ファンタスティックコレクション』)に感銘を受け、映画やテレビドラマを体験的に語り直すことに目覚める。
高校時代は文化祭で教室を借り『激論祭』と称して、学校を辞めさせられた左翼教師からパンク高校生から通学途中で黒板掲げていた原理運動のアンチャンまでをひとつの場所でトークさせ、討論会を開催。まだ朝生もロフトプラスワンもなかった80年代の高校生としては異質な目で見られつつ、一部の喝采を受ける。
和光高校から同大学の人文学部文学科に進学。卒業後、同研究生に。
在学中は同人誌『猫の結核』を編集・執筆。シナリオ作家・市川森一氏のドラマや、ゼミでの友人関係から等身大の在日朝鮮人問題を特集し、数百部をすぐに完売。後の活動の礎とする。
研究生修了後は「柿の葉会」の編集となり、市川森一氏の子ども番組(『快獣ブースカ』『コメットさん』、ウルトラマンシリーズなど)を収めた大冊『市川森一ファンタスティックドラマ集・夢回路』を企画・編集・書店営業。 退社後フリーとなり、文筆に専念。
映画宝島『異人たちのハリウッド』『怪獣学・入門!』で書いたウルトラマンシリーズのシナリオ作家(金城哲夫、佐々木守、上原正三、市川森一)への取材を交えた論が好評だったため、単行本として大幅に書き直すことになる。
93年、『怪獣使いと少年〜ウルトラマンの作家たち』として宝島社で発売。 近過去を「私語り」のスタイルで振り返りながら、体験としてのテレビドラマや映画・漫画のストーリーを語り直していくという手法は、後の『映画秘宝』『まんが秘宝』シリーズ(洋泉社)において、他の執筆者にもスタイルとして伝播する。
『怪獣使いと少年』は、所謂正統派ノンフィクションのつもりで書かれたものではないが、『諸君!』から声がかかり、以後『図書新聞』『世界』『現代』や、今は亡き『宝島30』『思想の科学』など、左右問わず論壇時評的な仕事にも取り組む。
95年、批評集『お前がセカイを殺したいなら』をフィルムアート社から刊行。オウム事件では積極的に発言。 活動範囲を広げた後は、書評子として『東京新聞』『週刊朝日』『週刊読書人』『鳩よ!』などで執筆したり、『文學界』で作家論や、「新人小説月評」を連載。 コラムニストとしても『朝日新聞』『サンデー毎日』『毎日新聞』などで連載する。
また、日本のインディーズ映画には積極的に関わり、『キネマ旬報』で「ピンク映画時評」を足掛け5年続けるかたわら、山本竜二監督によるギャグタッチのホモ映画や、いくつかのピンク映画、テレビドラマの脚本を自ら執筆。最新作は漫画家の須藤真澄の原作を蜂須賀健太郎監督が3年をかけて映画化した『アクアリウム』の脚色。
「フリーの物書きとして定着するまでは編集を兼ねない」と禁欲していたが、97年、初の編著『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』を三一書房より刊行。長年のファンであるロックミュージシャンのPANTA氏や尊敬する村崎百郎氏などユニークな論客を招き、またオウム以後・酒鬼薔薇の同時代としてのエヴァンゲリオン現象を、評論家の宮崎哲弥氏とのトークで総括した。
この経験から、1人で書くだけよりも、「交通」を重視することに目覚め、折からの特撮・アニメの新作ムーヴメントと連動し『COMIC BOX 』『ポップ・カルチャー・クリティーク』などでの活動に反映。98年は他の論客や、平成ウルトラマンシリーズなどの実作者たちとさまざまな場所でトークショーを開く。
同年末『ポップ・カルチャー・クリティーク』元編集長の誘いでグループ『無類堂』に参加。 99年はさまざまに広がった活動範囲の中からひとつづつ単行本に発展させていく予定。無類堂と連動した試みもいろいろ考えています。 乞うご期待!