GONT-PRESS_Climb&RUNTOP |
[ 6-山とある日 ] |
1996年5月18日、ゴントを含む4人は、この壁のクラッシック・ルートを登りにやってきた。まっとうな(?)クライミングを始めたばかりのゴントにとっては、本のなかでしか知らない魅惑の壁だ。沢の入口には豊富な残雪。今年は雪が多いという。ガスが出ていて、壁は見えない。不安だ。
ガスっているが、ともかく雪渓をどんどん登っていく。 次第にガスが晴れて、すさまじい角度で一の倉沢の壁が見えてきた。左の「滝沢」からは大きな滝が懸かっている。今回は、一番右の壁を登る。一日で2本のルートを継続する予定だったが、ゴントが下手で時間を喰い、2日間に分けて登った。初日は南稜、二日目が中央カンテ。
右の壁の上には帽子のような岩(烏帽子岩)が乗っている。で、その下に到達する沢を烏帽子沢と呼び、どんづまりの壁を「烏帽子沢奥壁」という。今回登るのは、烏帽子沢奥壁南稜(南の岩稜線、写真では左下へ落ちるスカイライン)と烏帽子沢奥壁中央カンテ(ちょっと張り出した岩の稜角)。
壁が見えるとココロが騒ぐ、はやる気持ちのまま、雪渓の途中から岩壁の下に続く緩傾斜の岩場に移る。
岩壁の下について、ちょっと一服。ゴントの先輩は余裕〜。足を引っ張りそうなゴントは、なにか忘れ物をしたんじゃないかと気が気ではない。ちょっとしたミスが事故を引き起こすからだ。
沢をはさんだ対岸には、滑り台のような岩場(滝沢スラブ)が見える。登攀距離1000mのルートがあって、登るのはとても難しい。冬には氷壁になり、上越のドカ雪でいつも雪崩が起きる。冬に初めて登った人は、氷壁を突破するのに三日間もかかった(1967年)。その後、7年間も続登者が現れなかったのは、あまりに危険なため。写真で見る通り、春の終わり頃には上部に氷のブロックが残るので登れない。
登ってきた緩傾斜の岩場を見る。けっこう高いなぁ。沢の入口あたりは雲海に隠れてみえない。これから登る岩場は、180m(南稜)と420m(中央カンテ)。
右を見ると、すっぱり切れ落ちた岩の稜線が見える。烏帽子岩の隣の岩場、衝立岩だ。ここを最初に登った人は、鉄でできた薄刃の楔(ハーケン)を岩のひび割れに次々に打ち込んで、これに背丈ほどの縄梯子(アブミ)をかけて登っていった。縄梯子の最上段に登ったところで、背丈分だけの高度を獲得して、手を伸ばしたところにまた楔を打ち込む、その楔にもうひとつの縄梯子をひっかけて、それに乗り移り……そうした一連の動作を繰り返して、壁の上まで登りつめたわけだ。
他のパーティが別のルートを登り始めた。さぁ、こちらも急がなくては。登攀道具を身に付けて、パートナーとロープを結びあう。互いに装備の不具合がないかどうか確認して、ひとりが確保者として岩場の取り付きでロープを繰り出し、もうひとりは登っていく。
トップは勇気がいる。セカンドは上からロープが降りてきているので安心して思い切った動作ができるが、トップはなにもないところを登 るのだから。途中に生えている潅木の根元や、岩に打ち込んだ人工支点にカラビナという金属製の輪(開閉できる)を次々取り付けて、これにロープを通していく。もし墜ちても、カラビナを支点にして、ロープでぶらさがるというわけだ。しかし、最後に通したカラビナから5mのところで墜落すれば、墜落距離は10mになる。支点だって抜けるかもしれない。ロープでつながった確保者にはトップの墜落のショック(ロープが思いっきり引かれる)がくる。これを確保器という道具で、摩擦を利用しながらゆっくり吸収しつつ止める。基本はともかく墜ちないことだ。
すでに誰かが壁の真ん中にいる……? なんと独りではないか! わずかなミスも許されない単独登攀。厳密なトレーニングと経験、緻密な計算、強力で柔軟性に富む精神……宇宙飛行士と管制塔を独りでやっているのとおなじ。人間という「存在」の極限のひとつの形、だと思うのはゴントだけだろうか?
登るとしよう。登っている最中は、ロープワークがあるので撮影していられない。できないこともないが、初心者のゴントがカメラなんて、パートナーを危険にさらすし、岩に対して失礼だ。
今回は継続登攀の予定で時間がない。南稜を登って同ルートをロープで下降した後、すぐに隣の中央カンテ(写真中央左の出っ張ったところ)を登る予定だった。が、ヘタクソなゴントが時間を浪費、南稜だけになった。下のキャンプに戻って、翌日、中央カンテを登ることができた。
トップを交代しながら、尺とり虫のように登っていく。途中まで南稜を登って、先輩、ルート図を見ながら「ううむ、今日中に継続登攀は無理だなぁ」。もちろん、安全のため、セルフビレーをとってます。天気はサイコー、順番待ちもない(有名なルートなので普通だったら渋滞する)、条件は申し分なし。けれど無理をすれば、壁の真ん中で夜になってしまう。
南稜最後の難関、20mの垂直に近い岩場。けっこう傾斜がきついなぁ……ここは先輩にトップをやってもらう。安定した動作でサクッと登りきった。次はゴントの番。あと数mというところで、次の一手が出ない……ビビッてはいけない、冷静になって手と足の置場所をすばやく見つけだせば登れる!
終了! ちょっと怖いところだった。小さな手がかりを使って細かく刻みながら身体を押し上げていったら、大きな手がかりに手が届いた。安全なテラスについて、ほっと一息。
行動中は食べていられない。ともかく腹が減ったので、パンをかじってガブガブ水を飲む。
岩登りの道具は、腰の周りにぶら下げている。いつでも取り出せるようにしておかないと危ない。だから、普段は不精なゴントも整理整頓(いつのまにかチンドン屋になってしまうので、とても気を使う)。靴やロープも、岩登り専用のものだ。靴はふたまわりぐらい小さいサイズのものを無理矢理履く。ロープは45m〜50mぐらいの長さ。
さあ、下降開始だ。登るときと違って、ロープに体重を預ける。支点は絶対チェック!
対岸のスカイラインには3月に登った「一の沢・二の沢中間稜」が見える。ゲゲ、けっこう傾斜があるじゃないか……真ん中の小さくて鋭い岩峰から降りるときもロープを使った。支点は小指ぐらいの潅木。自然の木はなかなか強い。
ここ、南稜は、たくさんの人が登りに来るので、人工支点がたくさん打ち込んである。ただ、春になって氷が溶けた最初の頃は、支点がゆるんでいるかもしれない。
ロープを二本つなぎ合わせて、支点に通して、二重になったロープに下降器という道具をセットする。下降器は自分の身体のハーネス(腰のあたりに巻いた安全ベルト)に結ぶ。これで、ロープと下降器の摩擦を調整しながら、ロープにぶらさがる状態で降りていく。下降器は摩擦熱で無茶苦茶熱くなる。隣の壁はほとんど垂直、こんなところもスイスイ登ってしまう人がいるという。人間、不思議なもんです。
だいぶ下まで降りてきた。ロープの末端まで降りて、安全を確保(セルフビレー)したら、二重になったロープの一本を引いて支点から引き抜く。つなぎ合わせたロープだから、一方を引き下げれば、片方は支点に向かって引き上げられて、最後には支点を通り抜ける。そしてまた支点にロープをセットして、下降していくといった動作を繰り返す。雪渓もはっきり見えるなぁ、と思ったら、少し右に寄りすぎて、わけわからんところにきてしまった。先輩のすばやい技でピンチを切り抜ける。
岩壁の下まで降りてきた! 別働隊と合流、岩壁下の緩傾斜の岩場を下り、雪渓の上に出る。振り返れば、午後の陽射しの影に、登った岩場が見える。ほんとうに登ったのだろうか? なんだか信じられない。いや、登ったんだ。なんどもなんども振り返りながら、雪渓をころがるように降りていく。沢の入口でほんとうの安全圏だ。堅い握手をかわして、登攀は終了。山と先輩たちと妻に感謝。
翌日、中央カンテを登った(引っ張り上げられた?)。チムニーのリードもできたし、爽快のひとことにつきる! 自分がこんなところを登れたなんて夢みたいだ。中央カンテの初登攀記録が収録された『垂直の上と下』(小森康行著、1981年、中央公論社)を高校生のときに読んで15年も経っていた……? え? 考え方が旧いって? いいじゃないですか、そういう登り方する人がいても……。
Posted by gont at 2006年05月02日 03:24