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[ 6-山とある日 ] |
10月。谷川の天気の話しは「うーん、わかりませんね」から始まった。今回は降水確率50%。
1998年10月5日(月)夜発→湯檜曽駅で寝る
6日(火)湯檜曽駅→一の倉出合車止6:00→幻の大滝7:10→本谷バンド9:40→
一の倉岳13:20→一の倉出合車止17:00
日曜日に幽の沢に入った人の話しでは小雨がパラつく程度だったという。先週の木曜からおおむね晴れの天気であり、うまくすれば渇水の登攀日和になって、リアル一の倉を登れそうだ、ということで水曜の登攀予定を急遽、火曜日に変更した。東京から車に乗っけてもらい、関越を飛ばす。
高校2年のとき、JR土合駅から白ヶ門に登り、峠を廻って湯檜曽の林道を歩いて一の倉の出合まで来たことがある。秋の一の倉は夕暮れの光を遮って不気味な青白い影になっていた、こんな恐ろしいところに登る人は心になにか悪いものがつかえているんじゃないか、そんなことを思ってガクガクになった膝をひきづりながら土合まで歩いていったのをよく覚えている。岩登りをやりたかった自分は望遠鏡の筒を持っていって衝立岩を覗いた。夕暮れだというのに誰かが壁に引っかかっていた。今思うと、「ハマッタ」人だったのかもしれない。谷川の登攀記を読んで興奮した自分が、その登攀記のリアルな舞台を前にしたとき、こんな場所に来たいと思った自分とそれを実際に見ている行為の間に、大きなギャップがあった。あんなところを登るのか。
電車が通るたびにゴォォと風の吹き抜ける上越線JR湯檜曽駅の広くて殺風景なホールに、シュラフを広げ、ビールを飲む。今回集まった山岳会のメンバー4人は、ウィークデーに休みをとって示し合わせて山に行く不良中年隊である。小雨でも本谷バンドまでは行きたいよな、と、山の話しでくつろいで01時半に寝たが、05時、晴れだ、となればてきぱきと朝飯を済ませ、一の倉出合へ車をまわす。
東から当たる太陽で一の倉は明るい。遭難者の墓碑に花が添えられていて妙に美しい。メンバーの足どりは軽く速い。ゴントは地下足袋にわらじという沢スタイル。一の倉は岩壁ではなく、美しい沢だ、岩をすべり溜まる水の色は人を誘惑する。魅せられた人は自然に吸い込いこまれてしまうだろう。ひょんぐりの滝を小さく巻いて沢芯に戻り、テールリッジ末端の先で右岸の草付き下を低くトラバースするとき、始めてロープを出す。Tさんは「やっちゃいけないんだけどなぁ、冬の八ヶ岳の中山尾根で懲りたんだけどなぁ」と笑いながら微妙なスタンスでハーネスを付ける。テールリッジに向かう二人組が懸垂しているのが見える。一の倉に入った我々含めてパーティは2組だけだ。下り気味にトラバースした先から、本谷バンドまで続く傾斜の緩いスラブが拡がっていた、歓声あがる。ロープを巻いて、沢足袋(ゴントはわらじ)をフラットソールに履きかえる。フリクションが効いて各自、好き勝手に登っていくと、幻の大滝。ロープを出してジャンケンしてトップを決める。滝の左側フェースは大まかな摂理を大胆なムーブでこなせば4級ぐらい。まんなかでキャメロットが決まる。その後は再びロープを巻いて、水流に沿いながらスラブを適当に登りつつ、岩畳の景色を楽しむ。戦前のクライマーたちも裸足で、わらじで登って、同じような気持ちだったはずだ。
本谷バンドに付くと、さきほどのパーティが南稜取付で準備している。赤いマーキングがケバケバしい。ガスも出てきたのでF滝をさっさと登り、4ルンゼF1途中でロープを出す。F3は滝芯左の濡れたフェースをピトンに沿って登る。ホールドがスポーンと抜けてバランスを崩し、セカンドなのに思わずA0する。滑って悪かった。みんなに「いろんな音がしてたねぇ」と笑われてしまう。F4はリード、水量が少なかったのであまり濡れずに済むけど雨だったら完全なシャワークライムになる。F5を越えると二俣に赤いマーキング。右の岩窪を詰めて一の倉尾根にあがる。寝不足でちょっとバテテしまったが、トレーニングのつもりで足を意識的に前に出す。笹原の踏跡をたどって国境稜線に出れば誰もいない一の倉岳。すぐにでも冬になりそうな、静まった晩秋の風が吹いていた。ロープを乾かして、しばしボンヤリする。
下りは中芝新道を降りる。アプローチ靴の靴底がすり減っていてペラペラだ、何度も滑ってスライディングしてしまう。沢底に近づくと左に大きくトラバースする箇所があるが、屈曲店を見落としやすい。間違って小沢の源頭付近の草付に降りてしまい、少し登り返す。あとは問題なく、林道に出て車止めに戻り、JR土合駅前でラーメンを食べて帰る。東京に戻ると小雨が降っていた。
昨年の6月以来、1年4カ月ぶりのルート完登だったと気が付いたのは自宅に帰ってからだ。自分から進んでこの計画を立てたわけではないし、リードへの気概も弱かったから、充実感のレベルは半分くらいかもしれない。でも、嫌な会社で毎日、遅くまで働いてゲンナリしていた時期に比べて、心身ともに健康になったと思う。それとも新しい悪が心に棲みついたんだろうか。