2006年02月27日
東久留米ランナーズ[親父の会]懇親RUN-20km
2006年1回目の地元ランニング企画。今回は小金井公園、梅の花でも観ましょう、と。
ラン参加は3人でした。
西武池袋線東久留米駅(START)→落合川を渡る→北へ→雑木林や石神井川源流を通り→都立小金井公園
・犬にフリスビーを獲らせる大会?をやっていた、犬のダッシュ速すぎ
・梅の開花はまだまだ、これからです。今年の桜のお花見も遅れるかな?
・多摩の地酒試飲コーナーがありました
→玉川上水を西へ→適当なところで北に折れて→西武新宿線小平駅→
多摩湖自転車道を東へ→西武新宿線花小金井駅→
左折して小金井街道を北へ→前沢宿を右折して落合川沿いに下る→
東久留米駅へ(FINISH)
この後は居酒屋さんで懇親会からの参加のメンバーと合流し、走る話に花を咲かせてました。
東久留米ランナーズ[親父の会]については、
2月25日 20km
2月合計 266km
2006年02月24日
大村+青梅後の足は……
休みすぎるのはよくないけれど、あまり無理に走らないようにしている。右足人差し指の爪が黒色化してしまった……今夜の気温は高く、真冬の装備は不要だった。
2月23日 10km(落合川+黒目川沿い)
第40回青梅マラソン完走
30km:02:31:29(記録速報による。グロス?)
せっかくエントリーしたので出場してみた。なんとか走りきることができました。
第40回青梅マラソン30km・アルバム
前日、フル用の靴を新調しました、ウルトラ用の靴ではさすがに……でも、NewBlanceのほうがよかったか……両膝は膝の皿を中心にキネシオテープでガチガチに固める。折り返し以降の後半、筋肉が疲れて思うようには動かない(大村湾の影響大!)。膝そのものは壊れなかったけれど、終始、おっかなびっくりな走り方でした。
今回は走る会のN会のみなさんと合流、居酒屋のオーナーの自宅を開放していただき、着替えや荷物置き、さらに風呂、そして打ち上げまでさせていただきました。すばらしい……感謝>Nさん
記録についての考察/
昨年は02:30:47(ネットで02:25:57)、コンディションを考えれば、今年は上出来かもしれない。ともあれ足が壊れないでよかった。
2月15日 6km(調整、膝が痛くなる)
2月18日 6km(調整、膝の痛みはとれた)
2006年02月22日
第10回大村湾一周ウルトラマラニック160km・完走
完走できました。写真もアップ。
第10回大村湾一周ウルトラマラニック160km・写真レポート
概要:九州の大村湾岸の道路を時計回りに走って一周しようというマラソン(ウルトラマラニック)
距離:160km
スタート・ゴール地点:嬉野温泉『松園』旅館
スタート時間:2006年02月11日(土)13時
ゴール時間:2006年02月12日(日)15時27分
タイム:26時間27分(同着のFu氏による)
仕事で忙しくてレポートをまとめる時間がとれない、なので、つれづれに書いておく……と……:
今回のウルトラマラニックに誘っていただいたFuさんのコースガイド+伴走でなんとか完走(歩含む)できました。Fuさん含め、大会主催・ボランティア・支援者のみなさん、参加されたウルトラ・ランナーのみなさんに感謝します。ランニングの仲間のみなさんの応援にも。
感謝ばっかりなんですが、160kmの……距離そのものは、苛酷でした。序盤の30kmぐらいですでに左膝がおかしくなって痛みがはしり、スポーツ用サポーターでかなり強く固定して、バンテリンを大量塗布。これで痛みを騙して、半分の80km。この時点でかなり調子がおかしく、単独だったらここでリタイアしてたでしょう。なんとか100kmまでは足がもちました。しかし、120kmから足が動かなくなり、「これは無謀なことをやってしまった」と何度も思いました。残りのフルマラソンの距離が絶望的に長い距離に思える。140kmでは走ってるような姿でトボトボと歩いている状態。
ラスト20kmはついに歩きを入れてしまうが、歩いていること自体で足が痛い、足裏がこんなに痛くなったのは、生まれて初めて。少し歩いてはストレッチし、たまに走ってみたりするけれど、再び歩く、空は晴れて風も弱く、太陽を浴びているというのに、ひどく寒い。
最後の峠越え手前では、歩きながら意識が朦朧とし、眠り始める状態。自分が何をしているのか、歩いている瞬間に忘れ、フラついて目が覚めるという繰り返し。疲労と睡眠不足と低血糖と痛みのためだと思う。苦しいとかそういう状況はすでに通り越してしまった。歩道が狭くて、フラつくのは危ないと瞬間、思って、下唇を噛んだ痛みで目を開けておこうとするけれど、それも効果がない。ここを登りきれば、確実にゴールできるのですが、往路ではサクサクと下った道が、どこまで行っても峠に着かない。どうなっているんだ。
それでも、ようやく峠に着いた。Fuさんによると、このままのんびり行くと指定時間内にゴールできないという。それはいかん……Fuさん指令「下り坂で巻き返そう」が出た。目覚まし缶珈琲をおごってもらい、最後に残しておいた下り坂用の力を使って駆け降りていくが、やはり距離感が間違っていて、あと500mぐらいでガス欠、頭がクラクラする状態でゴールする。でも、なんだか、もう苦しみとか痛みとか、どうでもよい状態になっていて、妙にヘラヘラと笑っている自分がいた(怖い)。
走後はすぐに風呂に入り、そして大宴会、私は宴会場に坐った瞬間から断続的に眠りこける状態。もっと積極的にいろんな人と話もしてみたかったけれど、ご飯と飲みものがあるだけで幸せ充分でして、食べ終わった後はもはや目が開けていられない状態になり、相部屋に一人戻って泥のように眠りこむ。起きたら朝でした。
帰りはウルトラのお仲間に博多近くの駅まで送っていただきました。また、飛行機の待ち時間にFuさんの知り合いのウルトラ仲間のTさんのご自宅で昼食をご馳走になりました。月曜だというのに……昨年はなんとFuさんとTさんは、博多から嬉野温泉まで走ってそのまま160kmのマラソンに参加したという……とんでもない二人なのでした。そんなわけで、ウルトラの世界を垣間見たわけですが、感心・感謝の連続で、「超走人間力」に驚くばかりでした。最後に、神秘的に美しかった大村湾の夜明けに感謝したいと思います。
2006年02月10日
2006年02月06日
160kmに向けての調整
160kmに向けての準備がまだできていない。ウルトラ用の靴も新調して履き替える予定だったが、先週は仕事で忙しくて、購入して試し履きする時間もなかったので諦める。方針を変える。こうなったら、いかに膝をダマすか、に注力するしかない。サポーターやテーピング材料を買わなければ。夜間走行のためにヤッケも明るい色のものを新調する必要がある(これは必須)。防寒についても考えておく必要があるのだが、なんせ時間がない。食料はどうするか。コース途上にコンビニやエイドもあるのだが、だからといって、絶対に信用できるものではない、重くならない程度に必要最小限の道具や食料は携行しなければ(ここらへんが山屋の性)、その道具や食料も今週、準備しなければ。
土、日と、最終調整で走ってみたが、この調子では100kmが限界ではないだろうか……走り方をあれこれと考えて、膝への負担がもっとも少ない、効率のよい走り方を考える。疲れるのは仕方ないが、筋肉の緊張が連続的に続くような走り方は止めて、蹴った後のわずかな無重力の間に、脚の筋肉の緊張を解くように走ることにする(血流がよくなり、乳酸の除去のサイクルが生まれる)。15kmまでは、たとえどんな状態であろうとも、調整と思うこと。ここで無理に走ったりはせず、力を抜いて走ること。踏ん張って走らない、踏み込んだり蹴り出して走らない、自然な体重移動と歩幅の短い足の振り出す、振り出す足は可能な限り精確に前方の一定位置へ。膝が深く曲がった状態では着地しないこと(膝痛の原因、これがもっとも重要)。走るリズム、呼吸のリズムを整えて、常に、超超距離を意識して、無理はしない。姿勢はのけぞらず、前傾にならず。極端なことはやらないこと。10-20kmに一回は入念なストレッチを行う……などなど。
2月4日 24km
落合川上流へ→前沢宿→小金井街道北へ→黒目川・上流へ→折り返し下流へ→
川越街道→朝霞青葉台公園周辺→自衛隊の通り→市場坂→神宝大橋
2月5日 20km 黒目川下流朝霞水門往復
2月合計 44km