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2006年07月19日

『戦争の克服』

[ 1-本とある日 ]

 戦争である。イスラエルとパレスチナだけでなく、あらゆる場所がフロント(前線)だ、遠くで戦争が起こっているわけではなく、今ここで戦争が起こっている。で、そろそろ眠くなってきたのだけど、そんな時間にこそ、集英社新書の「克服」シリーズだ。今晩は『戦争の克服』をお薦めする。

 「戦争を克服」するだって? この大上段の振りかぶり方が気に入った、野球のピッチャーなら、あまりに重いボールを投げることすらできないだろう。そのまま後ろに反り返ってボークになるのがオチだ。だが、この「問い」を立ててマウンドに立つか立たないか、それだけが重要なことだと思う。本を開いて数頁で、もしかしたら最後、得体の知れない方法ってものをブン投げるんじゃねーか? とさえ錯覚できるような、堂々たるセットポジションになっている。

 最前線はどこにあるか。意識と意識されざる境界だ。皮膚の境界の外は戦争であり、意識の浸透膜を通して戦争が心身に染みてくる。特に我が国は戦争に積極的に参加しているので浸透圧力は高い。プレスリーのような身振り手振りで発狂しながら踊る大根役者あるいは男ゲイシャを担いでいる我々は、一部の人間が唱える世界平和とやらの恩恵に与るために戦争をしている。戦争していることも忘れ、誰が何のために戦争しているかも忘れ、気がつかないうちに殺し殺されているような戦争のうちにある。前線の広がりゆえに、すべてが塹壕であり、すべてが砲台になっている。
 戦争地図のなかで、私はどこにいるのか、それを知るために、もっとも高い砲台に攀じ登ってみよう、という試みが、戦争を終わらせるための最初の儀式になる。敢えていえば、戦争を取り戻す。
 難攻不落の超弩級の大岩塔、たとえば、ヒマラヤに聳えるトランゴ・ネームレスタワーの下に、会ったこともない謎のクライマーを呼び寄せ、「そんじゃ一発登りますか」と、やおらロープを結んで登り出すような、そんな試みが、『戦争の克服』では行われているように思える。登れるか登れないか、そんな功利的な判断はどうでもよく、トランゴ・タワーの下までアプローチする、そしてワンピッチ試登する。本のなかで思考のロープを繰り出していく、それが重要なことだ。不可能な理念・理想あるいは夢想的なユートピアを語ることがますます不可能になる今こそ、その不可能性に向かって試登を繰り返す意思を継続させること。非現実的だって? 人があっちこっちで砕け散って死んでいる現実に比べれば、非現実も現実もあったもんじゃねー。無意味だって? 意味ある未来のために死ぬ人間に意味を見いだすような人間が、人間の生について、意味付けをするやり方ほど、人を無意味にすることはない。あるべき現実をテロ以外の方法で現出させる、どっちにしたって、人間(もちろん生きている人間のこと)にはそれしか、希望の継続の仕方はない。

 さて、登ろうじゃねーか。だが、今日はもう残業は終わりだ。この宙ぶらりんのテラスで寝るとしよう。

Posted by gont at 2006年07月19日 02:22 | TrackBack