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[ 7-現代近未来視聴覚研究 ] |
忙しくなってくると、山のことを考え始める。悪い癖なのだけど、自分にとって山というのはどうしても必要な自由な領域なのだった。それは、ヒマラヤ8000m峰、アンナプルナに初登頂した登山家モーリス・エルゾーグの言葉に表れている、「山はわれわれにとって大自然の活動舞台であり、生と死との境で山登りをしながら、人知れず求め、そして、われわれにとってはパンのように必要であった、われわれの自由を発見したのだ」
(『処女峰アンナプルナ』からの有名な一節。近藤等の、ブツ切りのたどたどしい訳が、8000mの高所の息切れのようで、クラクラするほどかっこいいのだ……「パンのように必要であった、われわれの自由を発見した」だけ暗唱できたのでネットで検索したら、ちゃんと全文を記してあるサイトがあった、えらい!>山岳小説・山岳漫画専門サイト「ヴァーチャル クライマー」)
ところで……先日、大学の時の山岳部顧問が亡くなった。根津の事務所で朝まで酒を飲んだことを思い出す。面倒見がよい反面、頑固な人で、対立することもあった。夏山合宿では単独でも尾根を登って合流してくるし、名前だけの「机上顧問」ではなかった。自分が卒業してからしばらくして山岳部は部員不足で廃部になり、OBが集まる機会も減っている。彼らとは最近、山にも行っていないし、山の話もしていない。
土曜の夜にNHKでやっているドラマ『氷壁』を観て山に行きたくなったOBはいるだろうか。あるいは、井上靖の原作小説をもう一度読んでみようと思った人はいるだろうか。
井上靖の『氷壁』を読んだことのある人の多くは、50歳代以上だと思う。自分だってリアルタイムではない、新聞の連載小説として発表されたのは昭和31年なのだし。現実の事故、北アルプスの前穂高岳で起こった実際のザイル切断事件と、その後の検証作業がモデルとなった小説だった。ザイル切断で墜死したクライマーの実兄は、条件によっては最新のナイロンザイルが安易に切断することを実証した。信州の観光地・奥上高地の徳沢園が「氷壁の宿」と呼ばれている意味を知っている人は、新田次郎の山岳小説『栄光の岩壁』主人公のモデル、マッターホルン北壁を日本人で初めて登った芳野満彦氏が、徳沢園の小屋番をやっていたことも知っているかもしれない。『氷壁』の宿の、冬の番人だ。
自分が高校生の時、徳沢園の前から奥又白池へと上がり、そして前穂北尾根を単独で登ったのも、そんなテクストが背景にあって影響を受けていたからだし、上高地近くの山小屋に居候したのも、山と、そして山の本に強い影響を受けていたからだ。
高校の時は山の本ばかり読んでいた。『氷壁』の井上靖よりも新田次郎の山岳小説であり、まずは文庫を全部読破、二見書房の『山靴の音』であり、ジャン・コストなどの翻訳もの、第二次RCCの青春群像と登攀記(文庫も単行本も全部だ)、「山と渓谷」「岳人」「アルプ」『岩と雪』のバックナンバー、メスナーの第7級、墜落の仕方教えます、白山書房の「クライミング・ジャーナル」……山に関係するならともかく読んだ。市立図書館で初版の『山!』(モルゲンターレル)を見つけた時は、全力でコピーした……(^^ゞ
山と、山の本、そして、同じように影響を受けた映画と、その映画監督が教えてくれた本がある。
失意の春、地元の映画館で『風の谷のナウシカ』というアニメをやっていた。フラリと入って観てしまったら、これがおもしろい。当時は入れ替え制なんてないし、客もガラガラだったので、朝から晩まで、何度も観ていた。次の日も、次の日も、次の日も……。この映画の監督は宮崎駿という人で、ル・グインの『ゲド戦記』と、サン=テグジュペリの『人間の土地』『南方郵便機』などから強い影響を受けている、と何かの本に書いていた。それで岩波の『ゲド戦記』を読んでみたところ、アニメ以上に強力な魔法がかかっていて、自分も強い影響を受けることになった。
今夏ロードショー予定で制作が進められているアニメーション映画『ゲド戦記』の監督、宮崎吾朗氏は、高校山岳部出身と知った。1967年生まれ、大学は信州大学農学部森林工学科。となると、春の伊那谷の試験会場でニアミスしていたかもしれない。
ゲド戦記監督日誌 2006年02月16日 第三十六回 「ヤマケイ」ときどき「岳人」Posted by gont at 2006年02月23日 03:41 | TrackBack高校生の頃は山岳小説を読みふけり、
『氷壁』も読んだのですが、
こちらは社会派ドラマの側面が強かったので、
当時は、山登りそのもののドラマを描いている
新田次郎の作品ほうが好きでした。