2004年12月29日
所沢の銭湯とTさん大進化
昨日、ネットで出会った本の達人Tさんと忘年会。場所は所沢、となれば、走っていくぜ(最近、このパターンが気にいっているらしい>オレ)。西所沢駅まで走って、所沢駅との中間にある銭湯で汗を流して、所沢駅まで歩いていった。
所沢の銭湯まで走る−17km
途中で見つけた古本屋や中古カメラ屋に吸い込まれてしまったが、充分間に合った。所沢駅前は混雑していた、会社の納会が多かったらしい。
久しぶりにTさんと話しができて、うれしかった。Tさんはネットで古本屋をしながら、最近、ついに本を出版! 有言実行で着実に進化を遂げているのだった。オレも見習わなければ、と思う次第。
今日は雪で、ずっと組版でありました。。
2004年12月28日
大津波と小泉八雲−稲むらの火を消すな
スマトラ島付近の大地震で、アジアの各所に大津波が襲いかかった。1万8000人を超える死者が出ているという。その原因の一つは、地震や津波への警戒がまったくされていなかった、ということだ。前回の大津波が数千年前で、遠い昔の伝説のなかにだけ残されているような地域もあるらしい。
地震や津波の記憶は、人間の心にとってあまりに強い衝撃のため、伝説になったり、物語になって残ることがあるが、それがゆえに、事実ではないこと、とされ、軽んじられてしまうこともある。
『稲むらの火』という話をご存じだろうか? 安政元年(1854)に起こった大地震、それにともなう大津波に襲われた村を救い、復旧に尽力した人物・浜口梧陵の話だ。昭和12年から22年まで、 文部省発行の小学校国語読本に浜口梧陵を紹介した「稲むらの火」(中井常蔵著)が掲載された。
この話が昭和初期の教科書に載る前に、いち早く世界に広めた人物がいる、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)だ。彼は明治29年、岩手県の津波と浜口梧陵の史実に関連する新聞記事を小泉セツ夫人から読み聞かされ、これをもとに『A Living God』を書きあげたという(下記参考サイトより)。
今年は新潟中越で大きな地震があり、また、台風でも大きな被害が出た。近いうちに必ず起こると言われている東海地震、増えていく自然災害、そして天災による個人財産損失の補償はしないという国の一貫した立場を思うと、日本に住む人が直面する未来の問題は、けっして、政治経済だけではないことがわかる。地震や津波は、遠い昔のお話ではなく、近い将来に必ず起こる現実なのだ、日本に住んでいるならば。
日本人の心から『稲むらの火』を消してはならない。
参考:
稲村の火「彼が広村に帰郷していたとき、突如大地震が発生し、紀伊半島一帯を大津波が襲いました。彼は、稲むら(ススキや稲束を積み重ねたもの)に火を放ち、この火を目印に村人を誘導して、彼らを安全な場所に避難させました。しかし、津波により村には大きな爪あとが残りました」
稲村の火 webサイト
2004年12月26日
地元の(元)少年たちと地元話し
昨夜、仕事で1章分のゲラを出せた。翌日、編集者のSさんにお渡ししようと思っていたら、なんとSさん、自宅から走ってきた! うわ、けっこう距離あるのに。それでなんと新しい原稿を届けてくれた。おそるべし! こちらはゲラをお渡しする。相討ち状態! 年末進行に待ったなしなので、もう少しがんばらなくては。
とはいえ、今日も走ったのだった。その経緯については、
高校駅伝効果で走る人が多い日曜−17km
戻ってからまた少し仕事。Sさんから、「ブリヂストン自転車の看板がなくなった」というコメントをいただく。そう、いきなりなくなっていた……いや、近所にあった看板の話しなのですが、Sさんの話しだと、中学の時から在った看板なのだそうだ、25年以上は存在した看板が昨日、いきなり消えてしまった。先日、看板近くの橋の脇でSさんから原稿をもらった時、偶然、その看板の写真を撮影していたのだけど、それが最後の証拠写真になってしまったようだ。
(上から2番目の写真、今はなき「自転車はブリヂストン」)
夕飯を食べてストレッチしていると電話、近くに住む出版社勤務のU氏からで、メロンが余ったので持ってくるという、おお、メロンだ、ありがたい。こちらは香川のうどんでどうだ! 少しビールを飲んでミニ忘年会しながら地元話しをした。
2004年12月20日
伝える仕事
荒川を越える外環道の幸魂大橋を東に向かって走っている時に、渡り鳥がこちらに向かって飛んできた(「納会に向かって走れ(南浦和まで)−25km」参照)。橋を走って渡る二人のランナーを見て、仲間の渡り鳥と間違えたのかもしれない。途中で違うと気付いたのか、渡り鳥は空高く舞い上がって橋の上を越えていった。渡り鳥でもなく、また、こちらに向かって飛んできたのではないのかもしれないが、私にはそう思えた。川を渡る高い橋の上を白いシャツを着て走っていれば、飛んでいるように見えるだろう。伝令として走っているならば「飛脚」になる。渡り鳥が仲間と思って間違えるのも不思議ではない。
インフルエンザ・ウィルスは渡り鳥が運んでくるのだと言う。鳥に悪意はないが、ウィルスは伝わっていく。地球の生命圏にとって、自然に新しいウィルスが生まれ、広がることは、なんらかの意味がある。ブッシュ大統領が信じているのは福音(good news)だが、世界を覆うのは bad news ばかりで、「悪事 千里を走」らせているのは、鳥よりも人間だ。人間を恐れて地上から逃れ飛び立つ命こそが鳥なのかもしれない。鳥類の最大14%が今世紀末までに絶滅すると米大学が予測していて、「捕食者である鳥が減ると、感染症を媒介する動物や、農作物に被害を及ぼす昆虫が増えるとの懸念を示した」。このまま行けば、 鳥が減ってインフルエンザも減るかもしれないが、別の「悪い何か」が伝えられるだろう。
人間が伝えるべき事柄は悪事ではないはずだ。人間や他の生物が必要とするのは、互いに幸せに生きていくためのニュースであり、人間はそれを伝えるために東奔西走するべきなのだ。郵便航空機のパイロットだったサン=テグジュペリだってそう思っていたに違いない。
酉年に吉報を走って運び伝える時、渡り鳥も一緒に飛んでくれるはずだ。
2004年12月18日
ずばり
深夜、DTP仕事でプリンタ動かしてたら、ウェブページ制作の見積依頼がメールで来た。「ずばり最低価格提示」「至急回答」を依頼されている方は、連絡先も社名もないヤフーメールのお客様で、今後のやりとりはすべてメールで、とのこと。直接対面方式の打ち合わせを希望する誠実な弊社としては、「ずばり」難しいとメールで返事。
ところで、色々不都合がおありかと存じますが、陸幕調査部別室の荒川さんでしたらテープご持参で直接お越しください。忘年会でカラオケでもやりましょう。
2004年12月17日
噂のドンキホーテ
新座市野火止、川越街道のドンキホーテ。21kmのジョギング途中に通ったので撮影してみた。幸い、燃えてなかった。なお、ジョギングで着ていたTシャツは今夏ドンキホーテで買ったものだが、ブランドのロゴの位置がどう考えてもズレている……バッタもんだから、まぁ、どうでもいいのだけど……
2004年12月11日
タイガーモス号の厨房状態
編集者がわざわざ原稿を届けてくれるという。ありがたい。こちらは昨夜に出力した初校校正紙(ゲラ)を持って、待ち合わせ場所の「橋」に向かう。気持ちのいい快晴。師走の組版屋は、原稿とゲラの激しい撃ち合いを切り抜けなければ、年を越せないのだった。組んで出力、組んで出力!
ところで、ゲラってどういう意味? と妻に聞かれて、そのまま組版の意味だったと思ったんだが、
galley
1 ガレー船:
a 中世に奴隷や囚人にこがせた多数のオールを有する帆船.
b 古代ギリシャ・ローマのオールを主とし帆を副とした軍船.
2 (艦船・航空機内の)厨房(ちゆうぼう), 調理室.
3 【印刷】 =→galley proof.
うおぃ、奴隷かよ! ……ところで、航空機の厨房、と言えば、宮崎アニメ『天空の城ラピュタ』に出てくる空飛ぶ海賊船・タイガーモス号の厨房だ。飯の回数が多く、ともかく大忙し! この仕事の感覚は、組版屋のそれと似てる。テキパキやらねーと、おかわりできない。
写真は本日の黒目川周辺。上から、黒目川と落合川の合流地点、自然化した「自転車はブリヂストン」、柿の空、泥の木(柳科)、鯉、定点からの黒目川