痛みを殺すということ

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日本の行政の悪いニュースを見てると、仕事はしてるのかもしれないが悪い仕事ばかりしてて、良い仕事をしてないね。

みんながみんな悪いとは思わないけれど、ね。マジメにやってる人はほんと、内心ではアッタマにキテルかもしれませんが。
本来は賢い人たちが集まってやってるはずなのにそれを活かせてない。
小賢しい、悪賢くなっていくばかり(笑)。
良い仕事を思い出させてあげるべきだし、その仕事が生まれてくる場所、何が要請されているのか、それを再度、お知らせしてあげたほうがいい。
それをやれば、良い循環が生まれる、やる気も出る、楽しくなる。

そのためには、まずは、悪い仕事の循環を断ち切る。

すなわち、機能不全に陥らせて、痛みを感じてもらわないと、理解できないってこと。

アラート、シグナル、サイン、フィードバック、サイバネティクス。痛みの質と量を感じとることで、何が問題になっているかを聞き取ることができる。

そういや、小泉首相は国民に対して「痛みに耐えろ」って言ってたよね。

それは、痛みを殺すってことだ。痛みが殺されたら、本体も死ぬんだよね。

世の中、そういう流れになって、もう10年ぐらいは経つのかな。

以下、改稿:2008年4月16日(水)

自分は粛々と「自分にとって、仕事をくれた人にとって、その仕事によって起こる結果が世の中によって良いと思われる、そういう仕事」をやるだけだ。

特定の人たちだけにメリットがあるような仕事、ゼロサムで他人の不幸の上に成りたつような仕事は、その特定の人たちにやってもらったほうがいい。そんな仕事をやっても、よい結果にはつながってこない。ありがとうと言ってもらえるのはいいほうで、次からは「なぜやらない?」と厚顔な強制が来ることもある。そういう仕事では、苦労という債権が反故にされることになっている。

悪い仕事は可及的速やかに破綻させなければならない(字義通りの意味で)。

痛いと思ったら痛いと言わないといけない。
もしかしたら、相手はまったく気づいていないのかもしれない。

特定の人が困るって? 痛い思いをして気づけばいいと思う。そうすりゃ、もうそういう悪い仕事をしなくて済むようになる。

そんなことをしたら仕事を失って困る? 困るでしょうけど、悪い仕事を続けて困るよりも、良い困り方だと思う。

悪い仕事をしない、よい仕事に変える、良い仕事をどんどん生み出す。

痛みさえも感じない、最悪の事態になるまえに。