月別アーカイブ: 2020年9月

blogとtwitterの連携とその調整

今日はここまで。仕事を片付けてまた週末に手を入れよう。それに、APIが使えるのでリストから自動的にフォローするPHPプログラムも動かしたい、ベースはもう書いてあって、あとはcronで定期的に叩けばフォローされるはずなんだけど、テストはまだ。以前、出版を手掛けた書籍専用のTwitterアカウントで、書籍についてレビューをつぶやいている方を自動で検索kしてフォローするプログラムを書いて動かしていた。今はフォローではなく、書籍紹介文として書籍から文章を抜粋したリストを参照して、ランダムにつぶやくようにはしてある。また書籍にまつわるキーワードを検索して、そのキーワードを含む投稿を定期的に、数を絞ってリツイートするプログラムも動かしている。人力に頼らなくても、自動でできることは自動でする。

⋯⋯と書いて投稿したとたん、再びツイッターのアカウントが一時的にロックされた。ボットでないかを確認するという、いつものアレだ。電話番号が登録されているので今のところ凍結されてはいない。

表現するスペースは自前で

自身のブログはここ10年くらいは何かを主張するための記事を投稿するという場所ではなくなっていて、メモ帳かつブログサービスのプログラムをテストする実験場になっていた。そのときそのときの、時事的な問題への反応や思い、主張は、もう長い間、Twitterに頼っていた。けれども10年以上利用していたアカウントが理由も開示されずに理不尽に凍結され、それまで投稿のすべてが失われた。手元には2カ月前まで(今日は2020年9月22日)の全投稿の履歴はダウンロードされ保存されているけれど、それらの文章はもうTwitter上では検索されえないし、存在しない。
それで思ったのは、他のプラットフォームで表現した文章や画像は、プラットフォームの意思次第で削除されるし、プラットフォームもいずれは消滅する、しかも早い段階で、ということ。twitterは10年以上も長生きしているけれど、それも永遠ではないし、今回みたいに突然、消されることもある。だから今回、自身のブログを復活させて、大事なことはこちらに投稿し、同時にSNSに登録するという方法に変えた。これで少なくとも自分の投稿記事がネットワーク上から消えることはない。それに価値があるとかないとか、それはどうでもよく、ただ表現するスペースは自前で用意したほうがいい、ということが言いたい。