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グーグルなどの検索エンジンに頼り切ってはいけない、ということについて。
アルゴリズム検索はもう限界かアルゴリズム検索の限界への認識が広がっていることを利用して、自社のサイトを、顧客やパートナーが関心を持つ分野において、真っ先に参照される権威ある情報源として確立するとよいだろう
@Peter Coffee,eWEEK
昔からやっているように、専門性のある人間がその目で見て評価し、時間をかけて、まっとうなリンク集を作ればいいということなんだけど、現実には時間がない、できないだろうね。できないから、グーグルみたいな検索エンジンのほうに頼る人が増えてきた。
それに、人は、正しい解答を求めているのではなくて、「たくさんの人が参照しているだろう解答を知って安心する」ために検索しているかもしれない、解答が間違っていてもかまわないのだ。グーグルの場合は、中国の天安門事件の情報の排除にあるように「支配者に指示された情報によって何が支配的であるかを明示するだけ」の検索エンジンなのかもしれない。検索エンジンが「自らの検索結果の正しさに責任を持つ」などと言ったことは一度もないはずだし。
さて、専門性のあるリンク復活は喜ばしい(悦ばしい)ことなので、それが復活する条件について考えてみる。
そして、最後に一言、このコラムを書いたオジサンPeter Coffeeさん?の、リンク集コツコツ作れや、って意見には賛成。でも、正しい答えを邪魔するサイトについて「ゴミサイト」と表現しているのに引っかかった。苦いね、このテイストは。そのサイトがほんとうにゴミであるかどうかなんて、誰も判断できない。ある人にとってはゴミでも、ある人にとっては貴重かもしれない。あまたあるサイトのそのほとんどがゴミである、ということならば、人間は人間にとって、ほとんどがゴミ、ということだ。SEOだけやってランクアップして、中身がまったくないアフィリエイトの広告ゴミサイトがたくさんあるならば、世の中は、そういう、オバカなゴミの集積でできている、ということであって、それでいいじゃないかと思う。ネットはもっと価値あるものだった! という回想するような言い方は、どことなく変な感じがする。現実世界よりもネットのほうが価値があると思いこんでいる、あるいは、相手に思いこませようとしているだけじゃないか? と。情報発電所って、価値の落差で発電するんだろうけど、発電量ゼロだったりして。ゴミを捲くな、という意見は、ネットを占有していると思っているんだろうな。
ネットでビジネスをやるための高速道路が必要ならば、他に作ればいいだろうし、インターネットを研究者たちの象牙の回旋塔にしたけりゃ、以前の、あるいは、新しい閉鎖的なインターネットの仕組みでも考えて、一般人が入れないようにすればいいと思う。そうすりゃ、ゴミがないから、快適に捜し物ができるだろう。情報を得るためにお金を惜しまない人たちは、そのお金で新しいことをやればいいと思う。
検索エンジン利用に関して有料で階層化したけりゃすればいいと思うけど、そっちに人が流れるかどうかはわからない、人が流れなければ、そこには価値が生まれない。ネットはあらゆる雑多な人間の坩堝であり、いつだって混雑する、混雑するから滞留が生まれ、そこに何かが勝手に、無償で生まれる。早いことだけが価値じゃない。そこに人間が存在する、存在を表明することだけが重要だ、その媒体としてネットがある、ということは、今も昔も変わらないだろうし、今後もそうだろう。
言いたいことの半分も言えてない、言いたいことがよくわからなくなってきた、ので、ゴミ撒きはオシマイ(^^ゞ
Posted by gont at 2006年06月09日 18:18 | TrackBack