新雪の焼岳を登る(20211020-23)

今回の山行の目的は4つ。

1 焼岳小屋の小屋締め手伝い
2 焼岳の地象を観測するK大の機器メンテナンスのための歩荷手伝い
3 山の本の「焼岳叢書シリーズ」の取材、撮影と、飛騨側で協力をいただいている旅館へのご挨拶
4 来春の焼岳登山の偵察山行

一般書店で売れるタイプの新刊、あるいはご当地でも継続して売れる本を出していれば、松本市内の主要書店に営業するという、もうひとつの大事な目的を加えられたのですが、最近はそうした本を出していないので営業はしませんでした。本が出れば、積極的に営業したいんですけどね。

2021年10月20日(水)

午後、新宿バスタ発の高速バスで奥飛騨の平湯へ。

天気予報では山に積雪とのことで急遽、ウェアや装備を冬用に変えた。19時半着。「ひらゆの森別館」で素泊まり。近くのコンビーニエンスなお土産屋さんで朝食などの食糧飲料を調達。また、近くにラーメン居酒屋さんがまだやっていたので、ここでラーメンを食べる。おいしかった。電話でY先生と明日の行動予定を打ち合わせして就寝。

10月21日(木)

6時にY先生の車にピックアップしてもらい安房トンネルを抜けて中の湯前の駐車場へ。遠望する穂高の岳沢、明神は初雪で冠雪している。

既にたくさんの車が停車し、登山を開始している。ほどなくO先生もやってくる。今日の目的は焼岳の観測機器のメンテナンスに必要な30㎏弱の鉄のアングル材の歩荷。部材をフレーム背負子に括り付け、歩荷開始。ほどなくして足首程度の積雪となる。背負紐が肩に食い込んで登行は苦しく呼吸も荒い。あまり休まずゆっくりと登り続け、りんどう平に着く。指呼に雪をまとった焼岳の弛んだ火口のカーブが見え、手前には虚を衝かれたかのように氷雪に固められた鮮やかなな紅のダケカンバの実が垂れ下がっている。

この日はO先生・Y先生の作業を手伝い、日が暮れる前に下山。Y先生はまた別のフィールドへ。こちらはO先生の車で奥飛騨・中尾温泉に投宿。新穂高に続く橋の近くから新雪の笠ヶ岳を望む。

10月22日(金)

6時半、宿の朝飯はもらわず、O先生の車に乗せてもらい焼岳登山道手前のゲートまで送ってもらう。ありがたい。先生とはここでお別れ。天気晴れ。気温は2℃くらいか。中尾側からの登山道を経由し焼岳小屋へと登る。予定では10時着。昨日は歩荷で苦しんだけれど今日は自分の荷物だけで、足取りは軽い。それでも昨夏の大雨でだいぶ道が荒れているはずで、早くは登れないかなと思いきや、とてもよく整備されていて登りやすい。このペースなら9時には着く。夏なら峠から登り40分、下り30分あれば頂上を往復できるから間に合う、そんな計算をする。旧中尾峠に出て荷物をデポし、必要な装備・食糧・ヘルメットだけサブザックに入れて往復しようと考え、さらにペースを上げて登る。鍋助横手の先のちょっとした登りから急に雪が付き始め、一人か二人が登下降した足跡が残っている。

秀綱神社では雪は足首くらい。そういえば神社の鳥居がない。調べてみると、今夏、登山道整備の際に倒壊していたので撤去したそうだ。

2021年07月21日 焼岳 中尾高原ルート登山道維持管理 中部山岳国立公園
<鳥居を撤廃した秀綱神社>
この秀綱神社には鳥居がありましたが、倒壊しており安全のため撤去しました。

そこからカール状の緩い登りの登山道を巡り二俣の別れ道では右を採る。旧中尾峠には8時55分に着く。見上げる焼岳北峰の斜面は逆光のなか新雪に輝き、周囲から立ち昇る噴気が低い気温との温度差で白く濛々とたなびいて異様な風景を見せている。


必要な荷物だけサブザックに詰めて、すぐに北峰に向けて登高開始。峠沢上流部の噴気前は左にトラバースする地点から急登になる。雪は一部で地熱で融け、日影では凍り付いて、まだらな斜面になっている。ストックもあるし、ビブラム底の登山靴に変えてきたので、新雪程度ならキックステップをしっかりやれば滑らない。それでもスリップすれば致命傷なのでここは慎重に登る。このあたりも数人の登下降の足跡が残っている。昨日の通過者だ。


北峰ドーム基部の雪の吹き溜まった斜面を左上していくと二人が下山してきてすれ違う。頂上直下の鞍部に出れば中の湯側の展望が開ける。


右折して、ほどなくして地熱で雪の融けた頂上に至る。

焼岳は三月中旬に上掘沢上部ルンゼを経由して登っているので今年は二回目。時計を見ると9時40分。約束の時間に間に合わないので、展望を楽しむ時間はなく、写真を数枚撮影してすぐに同ルートを下山する。夏とは違い、下降はより慎重になる。峠に置いた荷物を回収して担ぎ、展望台に登る。

展望台を経由して新中尾峠にある焼岳小屋に着いたのは10時40分。だいぶ遅れてしまった。

少し休憩したのち、バイトのNさん、小屋開け小屋締めの手伝いでは毎年お会いするTさんと一緒に、管理人のAさんの指示で小屋締めの作業を手伝う。猛吹雪で粉雪が入り込まないように、二階の屋根にまで達する大雪に潰されないように、そして、冬山の不届きな登山者が無理矢理に小屋に侵入しないよう、板囲いをするというのが主な作業になる。それ以前の、小屋内外の備品の片付けの作業は既に終わっている。戸板には冬期閉鎖の看板をつけ、山小屋を後にする。


今年は春からコロナもあり、秋には地震もあり、山小屋の運営も楽ではなかったことだろう。小屋から至近の、上高地側へ下る峠道の前にはロープが渡してあり、冬期は下降が不可能なことが記された看板をぶら下げてある。登山道途中の梯子が撤去されるからだ。その梯子を撤去するために上高地側へと下山していく。梯子は垂直の軽いアルミ梯子ではなく、わずかに傾斜した水平梯子で足場をしっかりさせるため重量がある。その梯子の登り口は急峻な漏斗状のルンゼに掛かっていて、冬に放置しておくと集中する雪崩で流されてしまう。このため、重い梯子であっても撤去して安全な場所に格納し、春先にあらためて設置することになる。この撤去作業はなかなかたいへんで、ハーネスで自己確保しながら四人がかりで行う。


梯子の撤去と格納を終える頃、気づくと曇天から小雨になり、そそくさと下山する。だいぶ遅い時間となり、松本で和やかな納会に参加させてもらい宿泊する。感謝。

10月23日(金)

午前中はAさん、Nさんと一緒に安曇野の大王わさび農場を見学、昼食をご一緒した後で松本で散開。帰りの高速バスを予約、まだ時間があるので、松本の気になる個人書店を訪ねようと、レンタサイクルを借りようとする。前に松本駅前の自転車駐輪場で、アナログで借りることができたので、その駐輪場に行ったら、今はアプリをインストールしてアプリ経由でないと借りられないことがわかる。
それに気づくまでの顛末についても記しておこう。

バスターミナル近くのコインロッカーに荷物を押し込み、前に自転車を借りたことのある北口方面の駐輪場にいき係員に「自転車貸してください」というと、駐輪場の端に連れていかれ、「そこに一台だけある」と言われ、係員はさっさと事務室に帰ってしまった。どの一台だろう。鍵の掛かっていない一台に乗ろうとしたら空気が抜けていて乗れない。空気入れを借りようとその一台を押して事務室に行くと、別の係員がいて、えーと、それ、君の自転車なの? と訝しげに問われる。違います、自分は自転車を借りたいのです、前にここで借りたことがあり、今回も借りられると思い、係員さんに尋ねたらそこにあるというので、この自転車に乗ろうとしたら空気が抜けているので、空気入れを借りようと思ったんです、と答えると、今はすべてインターネットのアプリで借りる仕組みになっていて、係員にお金を払う形ではやってないんですよ、借りられる一台というのはそれじゃなくて、あそこにある一台のことです、とのこと。あぁ、そういうことなのか。乗れない自転車を返して、乗れる自転車をネット経由で借りることにする。
さて、駅前の公式レンタサイクルを借りるのに、スマホにアプリをダウンロードし、個人情報とクレジットカードを登録し、レンタルするまでの煩雑な手順の間、明らかなアプリの登録のバグに悩まされ、それをうまくクリアして、実際に自転車に乗れるまで、30分くらい時間をロスしてしまった。
この小言に二言目を加えると、自転車を返却する一連の手続でも通信の遅延なのか即時に反映されず、自転車はそこに返却されているのに、デジタル上では返却されない状態になっている。返却とその決済が確認できず、そのまま帰りのバスに乗ってしまったら、ずっと課金されることになるのかと焦った。そんな自転車は借りたくない。ほんと、いい加減にして欲しい*。

*ようは、駅前でレンタサイクルを利用したいなら、事前にアプリをインストールし、個人情報等を登録、決済手段に合わせて準備し、借りたり返却する手順・手続について事前に理解しておきましょう、その場で借りるのは時間がかかりますよ、という事前のアナウンスが必要。デジタルなんかより、係員さんにその場で直接お金払って乗れるアナログなレンタサイクルのほうがよほどいいんですが⋯⋯なんか本末転倒ですよね。

途中、紅鯉が悠々と泳ぐ大樹の際の湧水ポイントを発見して佇み、その後、グーグルマップで住所検索した書店があるはずの地点をぐるぐると回ってみるのだけど、たどりつけない。この書店、引越前に訪ねた時もすぐに見つからず迷った記憶がある。焼岳頂上に到達するより難しい書店、むむむ。今日は到達できない運命なのだと思い、遭難する前に引き返す。また今度。高速バスに乗り帰宅する。