マスコミに抗する社会2

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都議選でわかったのは「劇場型政治」の終わりです。

簡単に言えば

・劇場の出し物、その物語の脚本をコントロールできない、結末にカタルシスを持ってくることができない

からです。小泉郵政解散のときは、一種の「自己浄化の物語」を与党内で行うことができました。配役はすべて与党でまかなうことができ、俳優の人気投票の選択肢はすべて与党のウチに抱え込まれたわけです。劇場のなかで、スポットライトを与党だけに当てることができた、郵政改革をすればすべてがよい方向に変わる、と思わせることができた、だから圧勝できたわけです。
そのスポットライトを当てて、それを配信したのが、テレビ・新聞というマスメディアでした。
一方的に配信することで、日本人全員が劇場内に取り込まれます。
劇場内ではすでにボタンが用意されています。
郵政改革の「あれか・これか」の二者択一という簡単な選択肢を与えられていました。
それによって、耳目を集めることができたマスコミは、結果がどうであれ(与党であれ野党であれ、意図する帰結、意図せざる帰結であれ)潤ったわけです。

ところが今回の都議選は、マスメディアのお膳立てが効かない状態になっていると思います。
劇場の天幕は取り払われ、ストーリーもなく、二者択一ボタンもありません。
いや、結果としては、野党民主党のボタンが用意されているじゃないか、という方がいるかもしれませんが、それは用意されたボタンではなく、有権者が自ら用意した自前のボタン、ということです。しかも、極めて消極的に、渋々、持ち出してきたボタンです(笑)。自ら選ぶことによって、その責任も自らがかぶらなければならない、そういうボタンです。それが正しいか正しくないかは、自分で判断し、それを引きうける覚悟が見えだした選択が始まっている、ということになります(これについては、まだ覚悟が足らないと思いますが)。

劇場の力が衰えたため、スクリーンには弱い影絵しか映っていません。
また、劇場の屋台骨や、舞台裏が見えるようになってきました。
ネットにはこれまで知られていなかった情報もたくさん出てくるようになっています。
もちろん、プロパガンダも多いわけで、一部の若年層は引っかかってガス抜きされているようですが、仕方ないでしょう。たとえばニコニコ動画の世論調査だけを信じている陰謀論好きな自称・憂国の士もいるわけですが、これはまだ若いから仕方ないと思います。一度、騙されて痛い目に遭うと、次からは用心深く自分で情報を比較検討できるようになります。これも民主主義のコスト、勉強代、です(これとは逆の左のパターンも当然、あります)。

次の衆院選で再びマスコミは、自らの役割=ビジネスを行うために、操作を開始するでしょうが、有権者はその意図とは別に、投票行動を考えるようになっていく、と思います。
その結果、現在の動向とは違う、思わぬ結果が生まれるかもしれません。

コメント

  1. より:

    色々見解はありますが、庶民の出来ることは必ず投票に行き最善の候補ではなくても
    投票して意思表示をする事ではないでしょうか?

    文句を言って投票しないで傍観する事は意味がないのでは?

  2. gont より:

    コメントありがとうございます。
    そうなんですね。
    実際、政治への無関心の度合いは若年層ほど高く、その世代が高齢になった時に後悔することになると思います。それは未来の日本の浮沈にもかかってくることでしょう。
    若い時期から政治的関心を持つ、持たざるをえない、という層が出ていることは、真剣に世の中を変えていこうという意思の表れなので、とても期待できると思っています(左右関係なく)。
    そこで、さらに若年層に政治への関心を持ってもらうために、ネットでの選挙活動を解禁していこう、という流れが出てきていますが、年齢が高くなればなるほど、この流れに否定的です。ネット=悪、という考えです。
    しかし、国会議員も最近は議会の様子をリアルタイムでネットに報告するようになってきました(Twitter)し、ネットでの政治家への小口献金も可能になってきました(楽天)。
    このあたりの動きについては、今後も注視していきたいと思っています。