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「立場可換の想像力」というと、なんやら、独立した自己が相互に立場を慮る状態を思い浮かべますが、今回のバッシングは相互浸透状態の癒着部分が痛てぇんだよコノヤロと叫んでいたんじゃなかろーか……。
右翼思想からみた、自己責任バッシングの国辱ぶり - MIYADAI.com Blog
立場が同一で分離できないから「自分が痛い」、だからガンの部分をパージしたくなる、してくれ、しろ、そういう心境なんじゃないかな、と。それでなくても、いろんな面倒なモノやコトが連結させられ、うざいったらありゃしない(このTBもそうか)。
ガン=他人の失敗を切って捨て、力=他人の成功を移植して、痛くない自己を手に入れようとしても、次から次へと「痛い身体」が接続してくる。いや、自分が痛くて、他人に接続してしまう。社会にいれば、常に。それがイヤなら、社会的な人間を辞めるか、完全な身体を仮想して自己を滅却して没入するしかない。どちらも罠だけど。
相互浸透状態の身体、その痛みを客観するには、外部の何かによって斬られて分離される必要がある……臍で茶を沸かすには、まず臍の緒を切らないといけません。そこで偉大なるパパのハサミが待望されるわけですが、切るのは、臍の緒か、それともあなたの首か、わかりません。パパ自身もまた、臍の緒が付いてるようなので、まずはお父さん、がんばって。きっかり一ポンドの心臓を切り取るような修羅場はまだまだ先のようです。